「僕の生い立ち? そんなことを聞いて何になるって言うんだ? そもそもこれ、何とかってくだらない雑誌の――そう、そのコラムに載るんだろ。適当に君が書いておけよ。

 ああもう、面倒くさいな。数年前まで東京に居て、M県は僕の故郷なんだ。その辺はもう知ってるんだろうな。理由……東京って何かと人が多くて騒々しいだろ、僕には合ってなかったってだけだ。ああ、退屈はしてないよ。幼少期に過ごした街だから、多少変わっていても勝手は分かっているしね。まあこっちも色々な意味で騒々しいと言えば騒々しいが、まあそうだね。東京よりはいいところかな。

 尊敬している漫画家、いないね。僕より面白い漫画家なんていない。漫画家じゃなくて画家? そうだな、尊敬とは違うが、ド・スタールなんか昔から好きだったよ。素寒貧になってもあの画集だけは手放させなかった。東京に居た頃一度だけ展覧会があって、見に行ったよ。何が素晴らしいってそりゃあ君、単純な構図なのに奥行きがあって、って、これ前も君に説明した筈じゃあないか? ……本当に君ってどうしようもない奴だよな……。そういえばあの辺り、いいラーメン屋があったんだよ、今もあるんだろうか。

 東京に越す前のことはあまり覚えていないな……僕も幼かったんだ。多分4、5歳とかの頃じゃないか。引っ越す前も後からもずっと漫画は描いていたよ。ただ単に多くの人間に自分の漫画を読んでもらいたいと思ったからだ。さあ、何がきっかけだったかな……。

 幼少期の人間関係が作品に……ないね。断じてない。ファンタジーと現実をゴチャ混ぜにしてるみたいで恥ずかしくないのかい、その質問。……恋愛? ハァ……。なァ、この雑誌本当に大丈夫かい? 一体どこの誰がそんな情報欲しがるんだ。

 ……なくはなかったのかな。よくわからない。あれが恋愛だったのかどうかですら。別に付き合っていたわけでもなかったし。決定的なことを言ってしまうと全部台無しになってしまうような錯覚すらあった。名前を付けていないうちが美しいものってあるだろ、雲の形とか……うん、君にたとえ話をした僕が悪かった。

 あ、見栄を張っているってわけじゃあないからな。あと今僕が独身なのとは関係ない。可愛い女の子が居たらいつでも紹介してくれ。ああ、やっぱり待った。君の紹介だとロクなのが居なさそうだ。

 今会えたら? 今会っても顔が分かる自信がないな……。僕のいないところで、幸福でいてくれさえすればなんでもいいよ。幸せにできもしない人を繋ぎ留めておくほど、エゴイストになれなかったし、そんな勇気もなかったんだろ。少なくともあの頃の僕には。

 十分エゴイストだって? あっそう。なァ、前から思ってたんだが君って恋愛のこととなるとやたらと他人に厳しくないかい。

 随分と話し過ぎたな。終わりだ、終わり。僕は原稿で忙しいんだ。さっきの話、恋愛云々の部分は全部カットで頼むよ。あいつに読まれちゃ敵わない。」










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