黄色のジャージが翻る。風が強い強い。もう秋になったんだなぁと、骨にまで風がしみるようだった。
「風やっばやっば!無理やろボールとんでってるし!!」
 とんでっている、どころじゃない。さっきから暴風の中打っているボールはコート内にすら入っていない。この暴風だ、風がボールを皆さらっていって、ボールはあちこち、ネットのむこうの野球部のほうにもとんでいっている。あ、野球少年の頭にあたった。ちょっとキレてネットのほうに投げ返してきた。あ、財前の頭に落ちた。ブチギレてるやん。あわわわわわわ。
「せやな!!これは撤退や!!皆の衆急いで片付けしぃ!」
 よっしゃーと皆の歓声があがる。財前はまだキレている。千歳はそれを聞いた瞬間に帰ったらしい。姿が見当たらない。忍足は風で飛んできたボールがあたりまくっている。白石は向かい風に吹かれる俺カッコイイを満喫している。金ちゃんはあたしの持ってるスポーツドリンクの残りを飲んでいる。小春と一氏はこの強風の中タイタニックをやっている。あたしは一度鼻で笑って、ため息をついて、手に持っていたスポーツドリンクをしまいに部室へ戻った。

 部室のドアが強風すぎて開かない。ガチャガチャとドアノブを右に左にまわすと、突然ドアがひかれてあたしはずっこけそうになった。
 ドサ、という音がして、地面に叩きつけられた、わけではなかった。すいっと、ふわっと、カーディガンの上にもたれかかった。ふわふわとした、あたたかな。
「どげんしたと?」
 抱きとめられたあたしが慌てて離れて顔を確認すると、―いや声でわかってたけど。…千歳、じゃないか。部室にいるとは予想外だった。
「帰ったんや思てたわ…。」
あたしが落としたドリンクをひらいながら、千歳は「いや、セーターば忘れたけんが。」とつぶやいた。ほう、やはりそれがなければ速攻帰る予定だったのだな?とは言わなかったけど、あのカーディガンは、いつもそこに置いてあって誰のだろうと論争していたものだった。
「それ千歳のだったの?」「これどこさ置くと?」
「あ、」ごめんとあやまって、「そっちやで。」と言うと、「ほいほい。」といいながら棚に置いてくれた。
「あ、飲んでもええんやで。余りやし。」
「そうと?やい貰うたい。」
千歳はドリンクを一本とって飲み始めた。ごっごっごっごっご、と1リットルあるそれを1口で半分まで飲み干してしまった。一口多いな!!てか早いな飲むの!!あと2本は金ちゃんあたりが飲むだろうか。1年の吉岡くんにあげようかな、あのこ今日水筒忘れてたらしくてダレてたし。
「こんセーターのどげんかしたか?」
カーディガンを着ていた千歳はいつの間にかマフラーまでしていた。秋口なのに、と思ったけど、よくよく考えれば熊本と大阪だ。体感温度の違いがあってもおかしくないのかもしれない。
「いや、ずっとそこにあったから誰のんかーゆうてみんな言うててん。」
千歳は「あぁ〜…」と言った語尾の続きに、苦笑した。
「おれんばい。前置きっぱなしで帰ったけんが…探しよったばってん、見つからんかったとよ。」
「え?なくしたんいつ?」
「さあ…1・2週間前やなかとね?」
部室に入れば一発で見つかると言うのにいったいいつから部室に入っていなかったんだ。あたしはため息をついた。そういやここ何日か、屋上や裏山でしか千歳を見かけない。
「千歳はもーちょい部活にも学校にも来なあかんで。」
「朝はねむか。昼はぬっか。夜はさむか。」
「何もでけへんやんけ。」
でも、最近は昼もさむか、と言う間に、千歳はくしゃみをした。そりゃあ、秋だからだろうと。肌寒く、空気も徐々にぬくもりを失って冷えていっている。最近は低気圧も近づいているせいか風が強い。おまけに今日はこの暴風だ。寒いに決まっている。
「あれ…顔赤いで、風邪でもひいてんの。」
「そげなこつなかもん。」
千歳はあくびをした。その一部始終をじっと見ていると、あくびをし終わったあと、千歳は「ん、なんね?」と、やわらかい笑みで聞いてきた。顔は、年中春なんじゃないかと思う。ぽかぽかと、こっちにまで伝わってくる温度が。
とおるけん、照れとんどか?」
「そういう冗談やめてくださいせんりくん。」
千歳のふざけた言葉が、風でゆれる部室の物音と同じに聞こえてくる。部室の隙間から、高い音をともなって風が入り込んできた。天気も悪く気温の低い今日は、昨日よりもぐっと風が冷たくなった。
「っさんむ!部活終わりやしあたしももう文句言わへんから千歳も早いこと帰り!」
は、帰らんと?」
「あたしはまだ鍵閉めたりせなあかんから!むしろ皆はよう帰ってくれたほうが助かんねや。」
「どうしてん、帰れんと?」
「どうしても帰れんねやって。てか、んならはやいこと帰ってくれ千里くん。」
あたしは他の部員の脱ぎ捨てていった汚いジャージを洗濯かごにつっこんだ。これらは明日やなぁ…。あまりのドリンクを外にいるであろう金ちゃんたちに渡しにいこうとドアノブに手をかけた。
すると、

ふわり、と後ろから

肩にあのカーディガンがかけられた。カーディガン越しに肩に触れる大きな手が、とてもとても、あたたかかった。振り返ると、千歳が満面の笑みで微笑んでいた。
「そる、水ばこぼしたけん、あろうとってはいよ。」
ぽんぽん、と頭に手を触れて、千歳は私からドアノブをうばった。
「気つけて帰りな。さむかばい、もだえちの。」
ばいばい、とつけたして。ドアの向こうから「ぎゃー!風んつめたか!白石何しちょっと!」とかいう声が聞こえた。私はまだ、動けないままだ。

・・・ていうか、ん?待てよ。あいつなんていってた?

は帰れへんの?』
『どーしても帰れへんの?』
『それ水こぼしたさかい、洗ろーといて。』
『気ぃつけて帰りや。寒いなぁ…はような。』

あ た し が 洗 う ん か い !

「あの熊本弁とエセ男前と高身長に騙されるとこやったで!いや騙されてんけど!!ちっくしょーあいつあたしの純情をもてあそびやがって!なんであたしがあんたのカーディガンあらわないかんねん!」
今までの羞恥心と怒りを一緒に大声で吐き出しながら、肩のセーターを引きちぎりたい衝動にかられわしづかみにしていると、忍足が部室のドアをあけた。
「うわ…何してんねん…。」
「見てわかるやろ!!荒れてんねん!!」
「勘弁してーや俺もさっきからボールボコボコあたって凹んどんねんから…。」
不幸人忍足の後姿があまりにも可哀想に見えた頃、「何でそんな荒れてんねん。」と聞かれ、あたしはカーディガンのボタンを引きちぎろうとする動作をやめた。
「このカーディガンの持ち主さんにドリンクこぼしたさかいあろうとけ言われましたーイミフー。」
「イミフーやなー。濡れてへんのに。」
「は?」
「は?

 それどっか濡れてんの?」
そういえば、濡れてへん。このカーディガンにどこも濡れてるとこなんてあらへんかった。乾いたわけでもない。最初から濡れてへん。

ゆうことは、

「あぁ、なんや。そいつもよいよ、キザなやっちゃなあ。」
はぁ、どんな顔して返せばええんよ。てか、カーディガンからもなんでこんなええにおいさしてんの。あたし怒鳴り損やろ。着て帰るんも、もう惜しいくらいやわ。


借りたカーディガン

(今頃、気づいとっとかな)「千歳先輩何ニヤけてるんすかキモいっすわー」「へっくしょい!!ひどかねー…」
(着て帰ってええねやろか…)「何してんねん。着ぃひんのやったら俺が着るで」「触んな忍足」「ひどい」
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