ハイスクールの時代からの共通の友人であるが、大学を卒業したと言うので、三人で祝杯をあげようという話になった。2年ぶりに会うの顔を早く見たくて浮き足立つスクアーロを、オレはゆるりと諌める。だが、気持ちはわかる。久しぶりに会うのだ。オレだって気が騒いで仕方がないのを大人ぶって隠しているだけで、本当は待ち遠しくて夜も眠れないほどだった。オレとスクアーロは二人でバーで飲みながら、の登場を今か今かと待ちわびた。

「久しぶりに会って、何もかもガラっと変わってたらビビるよな。」
「たった2年で、そんなに変わるものですかね。」
「女の2年は長いぜ。…多分な。」
「…そういうものかな。」
「知らね。とにかく楽しみじゃねーかよ、なあ?」
「ああ、オレも凄く楽しみです。」
「なんでそんなに落ち着いてられんだ君は。」
「心外だな、オレはこれでも随分ハイですよ。」

 とは本当にいい友人なのだが、ハイスクール時代に恋心を抱いていたこともある。彼女の話題で思い出したあのときの出来事を、どうやらタイミングよくスクアーロも思い出したらしい。

「おい、そういや覚えてるか。ハイスクールのときの、あいつに告るか告らないかってやつ。」
「ああ、ケッサクでしたね、あれ。」

オレとスクアーロは性格や趣味嗜好こそ正反対だが、どこか根底の部分が似ていて、惹かれ合っている。そういうわけで長年友人を続けてきたオレたちが、一人の女を同時に好きになった。その相手は他でもないで、スクアーロの恋心を知ったときは絶望したものだ。

「ナターレ手前になって、君から『を誘いたいと思ってる』って言われたときは、この世の終わりだと思ったさ。」
「オレもだよ。『え、君も?』なんて聞いたときは冗談かと思った。」
「冗談はそっちだぜ。オレが君に勝てるわけねーもんよ。」
「馬鹿いわないで下さいよ。オレが君を負かせるはずないんだから。」

オレたちは声を揃えて笑った。あのときもこうして、絶対に勝ち得ないライバルの登場に、ふたり揃って嘆いたものだ。

「二人して仲良くアホな妄想してたな。」
「付き合ったらオレはどうしたい、こうしたい、ってね。」
「結局どっちとも付き合わねーのにな。」
「ああ、二人して振られたんですけど。」

オレとスクアーロは顔を見合わせて笑った。今日は酒が美味い。が来るまでは安酒を呷っているつもりだったが、なかなかどうしてこの安酒がとびきり旨く感じるのは、きっと肴が綺麗な昔話だからだ。が来たら、この馬鹿話もきっと話そう。思い出していつもどおり、「二人共、バカなんだから」と言って笑ってくれるだろう。そして、ハイスクール時代、3人で馬鹿みたいに騒いだ日々を肴に、高級ワインで乾杯しよう。今日はきっと最高な再会の夜になる。

「スクアーロ!ティッツァーノ!」

談笑していたところに、聞き覚えのある声が割って入った。ドアの方を振り向くと、少し大人びた顔で、子供っぽく笑うが手を振っていた。ああ、変わっていない。髪型は変わったし、服の趣味も落ち着いたけれど、この笑顔だけはいつでも変わらない。オレたちの間の一席分開けたカウンターに座るように促した。

「久しぶり、元気にしてた?」
「元気ですよ。ねえスクアーロ。」
「ああ、勿論だぜ。君に会えるって、ティッツァが柄にもなくテンション上がっててよぉ。」
「君は本当にイメージどおりはしゃいでましたね。別に悪いとは言わないけど。」
「二人共相変わらずで何より!今日はわざわざ呼んでくれてありがとう。嬉しかったわ。」

幸せそうに笑うの表情を見ていると、オレたちも幸せになれる。は昔からそういう不思議な力を持っているようだった。変わっていない。オレたちの好きなはこうでないと。あのあと、に振られるまでも振られてからも、オレたちはのことを考えながら、二人で幸せでいられた。だから、彼女を取り合ってオレたちが喧嘩することはなかったし、どうにか二人で共有する方法を考えて、結局二人してふられて、二人して友達でいられたことは、結果オーライだったとも思う。こうして変わらない固い友情は、一生続いていくのだろう。オレたちはという女一人を二人で想い、は親友としてオレたちを想ってくれる。変わらない。変わらない幸せの形だった。

 ただ、そんな甘い思いを抱いていたのはオレたちだけのようで、時間は確かに、流れていらしい。それに二人して気づいてしまったオレたちは、あまりに重い絶望を味わうのだった。オレとスクアーロの目線がある一点に、二人して固まったとき、それは確信になった。だが、あえて問うのだ。その絶望を否定して欲しい、淡い期待をもって。


「それ、何?」


スクアーロと声を揃えて、同じようにの左手の薬指に絡みついた鉄を指差して、聞いた。どうか、どうか否定してくれ。オレたち3人をこのまま、幸せなお友達のままにさせてくれ。そうでないと、この関係はどうにも歪んでしまいそうだ。オレたちが君一人を愛せなくなったら、そのときは。そう思うことも束の間、彼女はオレたちに先程まで向けていた屈託のない、幸せそうな笑顔で、絶望の言葉を紡ぐのだった。



「来月結婚するの!」



 彼女の話ではこうだ、大学で知り合った男と付き合って、大学を出たら結婚する約束をした。優しい人だと。オレたちという友人の存在を話すと真っ先に会ってみたいと、仲良くなれそうだと言ったらしい。オレたちは、二人で目を見合わせて、そのあとニンマリと微笑んで言う。「おめでとう」と。それから飲んだワインの味は、とびきりいい年代のいい銘柄のくせして、ドブの水みたいな味がした。



 感動の再会から数時間、適当な昔話を終えて、駅までを送ってからの帰途、オレたちはただ黙って歩を進めた。少し肌寒い中、満天の星空がオレたちをあざ笑うかのように見下ろしていて、吐き気がした。胸糞悪い数時間だった。それもこれも、彼女のあの一言がなければ、澄んだ清らかな時間だったはずなのに。

 オレの吐き気の原因は、ただ一つの腑に落ちない要素だけのものだ。そう、納得できない。納得などできるものか。それを差し置いて、彼女の幸せな表情を認めることなどできない。

「なあ、ティッツァ。オレは疑問があるんだ。」

 道に二人並びながら、静かに歩いている。夜に消え入りそうな、ただし、薄暗い闇夜でしか隠せない悪意をもった、そんな声でスクアーロがそう言う。

「オレもですよ、スクアーロ。」

 オレたちは、皮肉にも、図らずも、声を揃えてこう言った。

「どうして、君じゃあないんだ。」

 そうだ。オレでなく、君なら納得できた。オレでなく、スクアーロなら。それならいくらでもオレは応援した。二人が幸せそうな笑顔を向けてくれるだけで、オレはどんなに幸せになれたことか。そんな幻想を、会って2年足らずの男が、オレたちの友情に割って入って、ぶち壊してくれた。糞野郎。俺たちの美しい友情の形を台無しにしやがって。何が結婚だ。巫山戯るな。オレなんかはいい。ただし、スクアーロ以上の男などありえない。そんなものは存在しない。オレたちはオレたちのことを誰よりも認め合っている。だからこそ、許されない。そんなものは、オレが認めない。
オレは怒鳴り散らしながら歩を進めた。スクアーロもまた、オレと同じように怒鳴りながら歩いた。「どうしてティッツァじゃないんだ」と。オレは皮肉にも、確かに今ここで、二人の何にも代え難い最高の友情を噛み締めた。



 家に着いても怒りは収まらず、オレたちは家の中の酒瓶や食器を割ったり、家具を壊したり、破壊衝動に任せて夜を明かした。何故、どうして、君じゃない!そんなことを大声で叫びながら、狂ったように夜を過ごした。


夜通しそんな調子だったから、落ち着いたのはそう、空が白んでカーテンに朝日が差してからのことだった。徒らな迷惑行為をしたと思う勿れ。オレたちは喚き散らしながらも、あるひとつの答えを掴んでいた。朝日がオレたちの心を照らしてくれたお陰で、その輪郭がはっきりと見えた。そう思った。オレたちはいつものように顔を見合わせて、微笑んだ。そうだ。もう分かっている。こんな破壊衝動に身を任せておく必要は、もうない。
オレたちは親友だ。どんなことがあろうと乗り越えられる、固い友情で結びついた親友なのだ。ハイスクールで馬鹿をやったときも、恋をしたときも、ギャングになったときも、ずっとずっと一緒だった。そして、これからもだ。

「なあ、ティッツァ。オレらなら何だってできる。そうだろ?」
「ああ、スクアーロ。オレたちはいつだって一緒だ。」






あれから一週間経った。あの日、反吐が出るほどまずいワインを飲んだバーで、泣き崩れるを二人して慰める。二人で、同じように背中をさすってやりながら。

「泣くなよ、。君にはオレたちがついてるだろ。」
「そうだよ、。ずっとずっとオレたちが君を守るから。」

安物のくせにどうしようもなく淫靡な香りを漂わせて、痺れるほど美味いワインの味に酔った。彼女の涙が含まれているからかもしれない。頭がおかしくなりそうなほど美味い。こんなにいい酒は久しぶりだ。

 オレたちは泣き止まないをオレたちのマンションに招き入れた。いくらも酔っていないはずのは、オレたちの二つ並んだベッドに倒れこみ、声を上げて泣いた。
泣き腫らした目も、赤くなった鼻も可愛い。項垂れた絶望の表情がいい。泣き疲れて抜け殻になった力ないに、二人でキスをした。泣かないで欲しいと言って瞼に落としたキスが、またを泣かせてしまった。オレたちが優しくするたび、「二人がいなきゃダメ」「ずっと傍にいて」「離れないで」と泣きながら縋って言葉を漏らした。
 オレたちはその言葉を、背筋が震えるほどの快感をもって聴いていた。

それから、二人でを抱いた。酷く憔悴していたはずなのに、は酷く乱れて、何度だって縋るように求めてきた。何度も何度も同じことを繰り返しているのに、満足しないようすで、「もっと」「やめないで」「忘れさせて」と請う。三人でしていると思うと夢のようだった。あのとき実現しなかった夢も幻想も、紛れもなく今オレたちのものになった。ただ、がこんなにいい声で啼くことは、知らなかった。爽やかな外面に反して、夜はこんなにも淫らに絡みついて離れないことも。背中の黒子も、肌のやわらかさも、イくときの表情も、初めて知った。これからもっともっと、オレたちで知っていけばいい。疲れきって眠るの横顔と、体中に残る鬱血の痕に満足したオレたちは、幸せを噛み締めながら笑った。




やはりあの男、殺してよかった。お陰で彼女は俺たちに縋りついて泣いて、この友情の大切さを再確認できた。共通の敵を前に、友情は更なる高みへ向かい、オレたちの関係は少し歪に、しかしより美しくなった。もう何も制約もない。何だってできる。キスもセックスもできるし、そう、結婚だって。結婚はしたいし、子供も欲しい。オレたち3人の子供はきっと可愛いだろう。もっともっとこの友情は、奥深くに沈み込んで、誰の手も届かないところまで行く。


もう二度と離すものか。オレたちはこれからも、一生一緒だ。




僕らは愛してる

251229