目は口ほどに物を言う。入団当時の鋭い目つきが印象的だった。訓練生の頃に彼女を見たとき、15歳というあどけなさの残る体躯とは裏腹に、目つきだけは獣のように血走り、炎を抱くかのような激しさをたたえていた。訓練生としては抜群の身のこなしで主席を勝ち取り、スマートな立ち居振る舞いのおかげで円滑な人間関係を築き、周囲の信頼を勝ち取っていった。しかし、あの目だけは憤怒、悲愴、絶望、憎悪、この世のあらゆる不幸を見てきたような、世の中の人間が見たくないものすべてを見てきた目をしていた。その目に出会えば必ず、その目の理由を知りたいと思ったが、決してその目以外は、苦しみを語ろうとはしなかった。だからこそ、私は一切の質問をしなかった。
「調査兵団に入団するのはここに残った者だな。」
しかし今、あの目が、ここに残っている。他に目は見当たらない。その双眼だけがしっかりと、こちらを見ている。その目に私は、畏敬さえ抱く。何を語りたい、お前の目は。

「と、思っていたんだよ。君が入団したときにね。いや、もうずっと前から。」
私の自室のベッドにブーツのまま無作法に寝転がり、本を読む少女―いや、女は、私の言葉を聞くと、本の向こうからその目を覗かせた。
「案外と目ざといんだね、我が団長様は。」
後ろ手に私が自室のドアに鍵をかけると、挑発的な目が私を射抜く。ベッドサイドに腰掛けると、最中のようにベッドのスプリングが軋んだ。
「そうかな。」
「可愛い女の子がいたからマークしてて、運良く調査兵団に入ってくれたから、手出しちゃいました、ってそう言えばいいんじゃあないの。」
「またそうやってはぐらかす。」
の目に見たあの炎は、私が見間違えるはずもない。今までいろんな兵士を見てきたが、1年や2年で死ぬ者の目とはまるで違う。どころか、何年も死なずに活躍し続ける人間よりも、何か、何か感じる目をしているのだ。奇妙にも感じられるその目は、何を語るのか、どんどん引き込まれていった。訓練兵のとき同様に、いやそれ以上に、目覚しい活躍では、この年代ただひとりの調査兵団入団者として、そして主席卒業者として、調査兵団を席巻していった。団員不足に苦しむこの兵団だったが、この子が入ってきただけで100人分に値するとの評価を与えられたことさえあった。その戦果もあって、と接触する機会も多くあった。その度に、じわじわと縮まっていく距離。ごく自然に、ごくごく自然に、上官と兵士の関係が、歪んでいった。その目に魅了されて、私が不可思議に湾曲していった。そういう自覚さえ、今になって初めて芽生えた。
「ねえエルヴィン。私の過去を調べた?私とこうなる前に。」
弧を描いた唇が、何かの確信を持っていると語っている。目は濁った涙で覆われて、随分と不純だ。
「ああ、調べたさ。あまりに普通の女の子だった。ありがちな、親のいない子。慰めにでもなるだろうと思って、向けられた思いに応えた――それで言い訳がとおりそうな。」
こんなことを言っても、にやつく唇は弧を描いたままで、純然として美しい。目を覆う睫毛だってこんなに美しいのに、ギラリと目だけが鈍く光っている。私に対する恨みの類でもない。
「いいね。貴方のそういうところが好きだよ。汚い大人。18そこらの純真無垢な女の子を、自分の欲望のままにやりたい放題。恣にされて泣く女の子も、ゆくゆくは芽生えた快楽に溺れていくんだ。」
手に持っている本のページをこちらに開いて見せつける。の口からこぼれた言葉は、ここがよりどころだったのか。口に出して言うのは、これ以上は憚られる言葉ばかり連ねられた本を閉じると、は目を閉じた。
「…親は私が殺したんだよ。」
瞼に覆われた目が、何を語っているのかは知らないが、口はそう語った。
「父は暴力をはたらく人で、母は綺麗な人だったけれど、他に男がいる汚らしい女だった。刺し殺した。私をいじめていた子たちも刺し殺した。丁度そこに頭のおかしい男がいてね、その男のせいにしたのよ。13の時に。鮮やかで完璧な犯行だった。」
口元は笑ったまま、そう呟く目はまだ開かれない。親殺しの少女は、そう言って曖昧に笑うだけで。私はこの少女との距離を、今までにじりじりと近づけてきたものだと思っていたのに、全くそうではなかったのだ。近づくどころか、私たちは遠ざかっていくばかりだったのかもしれない。
「巨人の前では、人は平等じゃない?死が目の前にあるだけで、金も名誉も関係ない。巨人がいてくれて本当によかった。不条理な死が、人を平等にするなんて、逆説的で、刺激的。両親たちが死ぬ手前のときの顔は、丁度巨人に食われる前の兵士だった。」
驚きはなかった。畏怖を抱きさえする瞳には、きっと私には想像もし得ない何かがあると思っていたから。
「そうか。」
不条理な世の中のもとで、不条理な死の存在だけが、少女に条理を教えてくれた。不思議なレトリックだと思いながら、相槌を打った。
「私を見るときのエルヴィンは、そんな目をしてる。私が怖くて仕方がないみたいな。生き地獄を見てきた人間が、絶対に理解できないってわかってる。不条理を面と向かって見るのが怖い。死を目の前にする小さな子供みたいな、目をしてる。」
私の顔を指差して、目を見開いた。その目は、単純に理解できなかった。怖かった。
「君の前では、私も何も知らない子供に戻れるのだね。」
この胸を打つのは、未知という恐怖。私が死ぬまで一生知りえない死の恐怖を、与えてくれるひとりの少女の目が私を支配していた。距離が詰まることなど二度とない。何億光年と先で、死だけが私を見下ろしているのだろう。そして死を愛する君のもとに跪く、多くの亡骸。何も知らない莫迦なまま、私は死にたい。できればとびきり都合のいい、幸せだけを手にしたままで。君の事など一生、理解できないままで。


タナトスの恋人


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